歯原病-病気を見て患者を見ず

歯原性の医原病

”健康で長生きしたい”という悲願とも言える人類の希望は、時に事故や病魔に襲われ理不尽にも砕かれることは世の常である。

歯並びや顎の位置の不調和が、結果として原因不明の慢性的な体のふちょうにつながるのではないか?また、それらと深い関連性にあるのではないか?
ということは国の機関や学会などでは未だ公式に認められていないものの、かなり前から一部研究者の間では重大な関心を呼んでいた。
また、当の患者としては、いろいろな病気の原因が明確に判明すれば、納得し、反省し、治そうと真剣な努力をするだろう。しかし、原因が不明確なままでは不安心理が増幅するばかりか、治療効果も上がらないのが道理である。

これを、歯の噛み合わせや顎の位置の不調和から起きる、とする立場からすると、多くの原因不明の疾患には、いわゆる『歯原性の医原病』といわれるものが、かなりの割合を占めているものと考えるのである。

ヒトが二足歩行をしているということを、普段は何気なく当然のことと考えているのであるが、その実態は実に絶妙なバランスが保たれているものなのである。

簡単な実験で、平らで硬い床面をはだしで目隠しして歩いてみるとよい。なお分かり易いように、直線の上を歩くのが理解しやすい。
果たしてどのくらいの人が、線上を真っ直ぐ歩くことが出来るのであろうか。おそらくは圧倒的多数の人は、数メートル歩く間に線から外れるであろう。条件を目隠しとしたが、このような条件で真っ直ぐ歩けない原因についてはいろいろある。

歯の萌出異常や噛み合わせなどが原因で、歯が植立している上下の顎骨の位置にズレが生じている場合も、沢山ある原因の中でも実に重要な要因となるのである。

実際に最近では、自分は真っ直ぐ歩くことが出来ないことを自覚し、それがストレスになるという患者が、『顎位』を専門にしている歯科を訪れる場合もあるほどである。
しかし一般的には、普段の生活の中で若い人やある程度の健康度であれば、それらの要因を全身の筋力などで補正しながら、日常生活に支障を感ずることなく過ごすのである。
しかし、年齢を重ねる過程で、それらが決定的な身体の歪みとなってしまい、身体の重心線の絶妙なバランスを崩すことが原因の”身体的ストレス”が問題になる。

そのストレス要因になる顎は、ごく僅かのズレでも生態の重心線のバランスを三次元的に崩すことになる。殆どの人はその崩れたバランスを、意識するとしないに拘らず補正しながら生活するのが一般的であり、その実態は靴底の減り方の左右差にも顕著である。

その結果、人の身体は文節構造であるため、その分節部位にある椎間や間接の周辺の組織に直接あるいは間接的に波及することを”歪み”あるいは生体に加わる刺激に対する防御的反応の”ストレス”と表現する。

その歪みは個体差によって様々であるが、肩、腰、あるいは四肢などの関節に、また顎顔面補強系などにも及び、ほぼ全身系に何等かの症状となって現れる。
また、場合によっては神経症的な症状になることも、現在では珍しくはないのである。

つまり、噛み合わせの異常や顎位のズレによる不調和が、ウィークポイントに歪みとなって現れ、筋、神経、脈菅などを圧迫し、血流を阻害したり、痺れや痛みの症状になることは、直接に神経が伝達する刺激警告反応である。

その諸々の影響については、最近のマスコミの報道などで、頭痛、肩こり、腰痛の原因!などとして一般的にもある程度、認識されてきている。

これについて朝日大学の船越正也教授が、学生をプールに仰向けに浮かせ、実験しているVTRを見たことがる。

それによると、顎を意識的に右、あるいは左に動かすことで、身体全体がその同側に回転を始めるのである。つまり、水の中という重力から解放された状態では、顎の位置がからだ自体に大きく影響することを目の当たりにした映像であった。

因みに、無重力の宇宙空間に日本人初の宇宙飛行士として参加した毛利衛氏が宇宙から帰還した折の新聞のコラムに、自身の慢性の肩こりが無重力の状態では全く感じなかった、という談話があった。
これなど、重力に抗する人体の顎の位置が如何にヒトのからだに大きく影響しているかを、図らずも実験証明した物ともいえよう。毛利氏の顎を思い出すと、口角は一見して左側に引きつれて見える。
上下顎の位置関係は、一面的ではあるが明らかに左右的バランスが崩れている証拠である。
あの状態で長年に亘って地球上の重力に抗して日常生活することは、ご本人の言う肩こりだけの症状にとまらず、おそらく全身系にも相当のゆがみが及んでいるのであろうことは容易に推察できる。その結果、各種の慢性病状を抱えておられるものと考えられる。ご本人の話を聞く機会はないが、感覚器や消化器系、体幹の関節系などにも問題はないのであろうか、と。

この際もうお一人、登場願うこととする。アイススケート短距離界の世界的記録保持者である、清水宏保選手の顔貌を思い出していただきたい。下顎が右の大きくズレているように見える。あの状態のもごく普通の人であれば、全身系に何等かの症状がでているであろうと推察したくなる。
しかし、彼の日頃からの不断の練習の賜物であろう、常に世界的に最高水準の記録を出し続けている。これは推察の域をでないが、彼一流の鍛えぬかれた全身の筋肉群が、いわゆる歯原性の医原病の発生を食い止め、ソルトレークにおける銀メダルに繋がったのであろう。
一にも二にも鍛えぬかれた強靭なる肉体を作っている、ということの何よりの証拠とも考えられる。

しかし報道によると、強度の腰痛症の持病を抱えているということである。
それを感じさせない銀メダル受賞であった。清水選手の精神力も然ることながら、身体を鍛えることの重要さ、また、その有効性を如実に教えてくれているように思う。

これは歯科と医科の狭間にある、新しいテーマになりうる、新しい分野の問題であるが、宿命的要素や、関連する診療科との既得権益の絡みなど医学研究のあり方の違い、また自己管理の難しさなどとも相俟って、水面下での研究はされつつあるが、医学界が公式に認知するまでには、まだ相当の道のりが必要となるであろう。
また、原因不明の疾患との関連性という視点からも、新しい時代の大きな課題と言えるのではなかろうか。

世界的にも、原因不明の疾病率の高さが一向に改善されていないどころか、得体の知れない病状が増加傾向にあると言われているのである。
従来からの医学界の常識の外にある概念ではあるが、歯の噛み合わせや顎位の異状による病状と、全身系の疾患の関連性も視野に入れる必要性を否定出来ない状況にまできている。

現実問題として、原因不明の疾患の50%はいわゆる歯原性の医原病ではないか、という説も出て来ているようである。

WHO(世界保健機構)のアルマータ宣言のいう西暦2000年は過ぎてしまったのである。
その宣言には「世界の全ての人々の健康のための真の予防法を!」と謳っている。

真の予防法というのであれば、まず病気の原因を特定しなければならないはずである。
しかし、医学界が現状のままの概念を踏襲するのであれば、原因不明の疾病率の低下やその予防法の確立などは難しいのではないかと、ある種の危機感を持つ。世界保健機構はこの期限付き公約をどう扱うか注目すべきだ。

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