歯の常識のウソ

歯磨き、入れ歯安定剤、チュウインガム

近代の医療に望まれるものに、インフォームド・コンセントがある。
この意味は一般的にもある程度、理解されてきたようである。

各種疾患に対して、「その原因や治療法などについて、充分なる説明を行い、患者はその説明を理解した上で同意する」である。
しかし実際は、各種の検査をすれども、そもそもの根本原因が判明しない疾患が実に95%以上ということであれば、その説明される内容は、症状分析や診療計画などの説明に終始することになり、原因は触れられないまま闇の中である。
従って、各診療科において行われているインフォームド・コンセントは”充分な説明”たり得ているのであろうかと、はなはだ懐疑的になる。
真のインフォームド・コンセントと言うのであれば、病気のそもそもの原因を患者の理解する言葉で説明し、納得させることが本来の趣旨であろう。

しかし、医科においても歯科においても、原因不明の疾患率の高さが示すものから、それら説明の内容の信憑性が問われる。

日本でも近年、EBD『根拠に基づく歯科医学』ということが言われているが、各大学の反応は実際のところ当惑気味なのではなかろうか。臨床家の中にあっても、EBDを知る臨床家は真に少ないのである。
これは10年以上も前に米国で発せられているが、日本が先進主要国の一員であるはず!にも拘らずである。
そして、この当たり前のことが未だに末端の臨床の場に伝わらないことは、日本における医療は世界の先進的な流れの外に置かれているものであり、甚だ不可解である。
とりわけ人体の硬組織をテーマにする歯科学、歯科医学が根拠に乏しい学問であった、という何よりの証左なのであろうか。

これまでにも述べたが、従来の日本の歯科学、歯科医学は根拠に乏しき学問という危惧の念が、図らずも的中する。
これらに対する歯科学系学者の今後の対応を注意深く見つめる必要があり、既得権に胡坐をかく日常診療ではもう立ち行かなくなってきたことを如実に物語るものと言えよう。

この現状からも、今後は一にも二にも患者にとって充分信頼のおける歯科医療であってほしいものである。

人体の消化器系の硬組織に与る歯科医学においては、謙虚に各種症状の発症メカニズムや、顎口腔の生理と全身系の生理の整合性を基調とした歯科医学の確立のため、一層、真剣な研鑽が必要になるのではなかろうか。

人体を医学的に捉える中に、歯科学も存在する。その学問や臨床に一貫性が乏しいのではないか。
つまり、口腔における疾患を全身系に配慮しながら施療するのか、あるいは歯の疾患に対する治療行為が結果的に生体バランスを崩す原因を与えるのか、また、それらを結果的に助長させるのかが問われている。

また、学問上での用語やその解釈、研究手法などが各教育機関の間で統一性に欠けることはないか、などの批判に対しても、検討の余地があるのではなかろうか。
首尾よく国家試験に合格したとしても、教育の格差が日常診療において、患者にとって不利益にならないとも限らない。真摯な再検討が望まれているのである。
一重に歯科学、歯科医学の科学的根拠の確立が望まれる。

そこで「歯みがき」が、全ての口腔疾患にとって唯一最良と言わんばかりの指導をする傾向がある。
歯科医学上においても”磨き過ぎ”による弊害も憂慮されるところであり、楔状欠損(歯ぐきに近い部位にくさび状の欠損)の症例などは悪化する可能性がある。
言葉から受ける影響も、指導の際の大事な要点になる。

理想的には、歯は”磨く”のではなく”歯に付着する汚れを速やかに除去する”こと、そして口腔はいつも清潔にしておくことを指導の要点としたいものである。
しかし、日本人を含むモンゴロイドは、人種の特徴の一つとして歯の色自体が黄ばんでるのだが…。

因みに「磨く」という言葉のもつ意味は、きれいにするという意味の他に、物理的に減る、または溶かす、という意味が含まれている。
実際にブラッシングが過度になることで、天然歯の表面までがツルツルになっている例などに見られる。歯の知覚過敏症など、また、きれいに磨くという言葉の持つ意味から、ついつい懸命になってしまう傾向がもたらす様々な結果にも、歯科学の専門性という立場からの配慮が為されなければなるまい。

また、TVのコマーシャルに白衣を着た歯医者らしき人物が、こともあろうに「歯は磨きすぎることはない」などと語り、歯磨きを推奨していた例がある。そこには、歯科学としての哲学や、医療上の配慮などは微塵も感じさせないものであった。
これなど、その人物が歯医者であるか否かに拘らず、医療である歯科が義務とすべき口腔の管理を放棄してしまい、ただただ企業の宣伝マン的存在に成り下がっているように見える。

元より、ヒトが健康的な生活を維持するために大切な「歯」を、顎口腔管理の専門家として余分な咬合圧力や、雑菌の巣窟と言われる口腔から様々な疾患に罹らないように指導、管理するための重要な役割を果たすのが歯科医師の義務でもある。
その基本に立って、ひとの日常的な生活習慣の中で歯の清掃の大切さを純然たる歯科医学の立場から訴えるべきではなかろうか。

因みに「歯磨き」という言葉については、一企業がその昔作り上げた「☆☆歯磨き粉」からのもののようである。(日本大学歯学部松戸校資料室在)

その他、義歯に関するマスコミの宣伝にもいろいろなものがある。それらの中、歯科医学的配慮を欠いているものとして、入れ歯安定剤の宣伝も実に大きな問題を含んでいる。

口腔内で安定しない入れ歯(正確には歯の代わりをするものであり、義歯という言葉が適切)は、患者の身になると大変困ることであろう。
しかし、その義歯自体が、人工歯や義歯床が磨き過ぎなどで減っていたり、顎骨の吸収など、いろいろな問題がある場合まで素人の患者が薬局で売られている入れ歯安定剤を安易に使うことで、上下28本の歯が瞬時に生え替わるのと同じ意味で、上下顎の位置関係が急激に変化し、体調を大きく崩して関連他科の処置を受けることも見逃せない事実であり、”義歯安定剤”の使用に関しても、歯科としては業界に対し”顎位と全身系の生理との関連性”という意味からの歯科学の立場で”義歯は正しい顎位”で、尚且つ口腔内に安定しなければならないことについて、慎重かつ適切な指導が望まれる。

もう一点チュウインガムに関してであるが、虫歯予防に効果的とする考え方に、顎口腔の生理という観点からの疑義を感ずるのである。

ガムは歯科疾患に効果的とする考え方は、細菌感染が全ての原因だという建前論からのものであろう。しかし、上下の歯牙が不適切な噛み合せになっている場合の不調和が、齲蝕や歯周病の素因的要素であるのではないか。
また、全身系との関連を危惧する考え方からすると、ガムを噛む行為が逆効果になる恐れを指摘しなければならない。

これは、個人の持つ習慣性の顎位が正常であれば何ら問題はない、という条件付きの話であって、偏位し問題のある顎位の場合などは、チュウインガムなどを連続して噛むことで、場合によっては不定愁訴の原因になりかねない。特に重要なことは、チュウインガムを常用する背景に、顎位が不正常な状態にあるため、顎を常に動かさざるを得ない心身症的症状に対し、専門であるべき歯科医学の存在が全く軽んじられていることが重大とする所以である。

”歯科医学に真の権威を”という意味からも、商業界にかき回されているような実態を、この際再考する必要を感じる。

以上を考える時、ヒトが日常生活をする中で、口腔の生理的な条件は如何なるものなのか、それらを適宜、適切に診断し必要があれば処置する中で、
①歯は、ヒトが生命活動をするためには必要不可欠な機関的臓器であること、
②顎位の偏位は、全身系の生理からも、多大の悪影響を及ぼす危険性があること、
③口腔内や葉に付着する汚れは速やかに除去し、清潔にする必要性があること、
④歯槽骨隆起、及び口蓋隆起などに対する、発生機序および防止を前提にした配慮的処置、
⑤口腔に存在する舌の生理や、耳鼻咽喉部までをも視野に入れた配慮的処置の必要性、
⑥口腔清掃指導などの歯科学的根拠を、商業主義のお先棒を担ぐのではなく、これらの点をなるべく分かり易く示すことが、歯科学が負っている国民に対する重い責任である。

名実ともに歯科学の専門性の上から、格調ある文言を歯科界自らが創作し、それらを国民に対しあらゆる方法で周知徹底し、その責務をはたすべきである。
まったくのお笑い種にならぬために敢えて提言する。

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