歯原病-病気を見て患者を見ず

歯原病の諸症状

日本の現在までの歯科学、その担い手である歯科医師は、”科学性”を追求する姿勢が乏しいのではなかろうか。

それは実際に各地で、我こそはと顎関節症の”専門治療”をした結果が民事訴訟に持ち込まれたり、訴訟までには至らないまでも、保険診療が出来ない建前から、高額な支払いを余儀なくされたあげくに、好ましからざる結果のために患者が強い不信感をつのらせているのも実態である。

また、その被害者が、それら医療過誤に対してインターネットというツールを使い、各地で歯科医療の「被害者の会」を組織し抗議の姿勢を強めているのも、最近における実態である。

その内容は、歯科医自身が顎口腔と全身系の関わりを基本的に全く理解していないため、当初は顎関節症と診断を下し治療を開始したものの、経過が思わしくなく、患者が不安を覚えたのに対し、精神科や心療内科の受診を勧めたり、全くの手探り状態なのが、患者とのやりとりで露呈しているのである。また、症状が深刻になることで説明を求めると、その内容が二転三転する等々、枚挙に暇がないのも現実で、患者の不安が増幅している。
このような実状からも、日本における歯科医学、その担い手である歯科医師に少なくとも医療従事者としての「哲学」があるのであろうか?と、大いなる疑問を抱くのである。

また、虫歯が痛むという患者に対して予防拡大して齲蝕治療、歯肉炎がひどい患者にブラッシング指導、前歯の歯並びを美容上の理由だけの患者(希望者)の要望を躊躇することなく受け入れ歯列を矮小的に矯正してしまう、歯が抜けたという症例に現状のままの顎位で義歯を作るなど、歯科医は果たしてそれで役目を果たしたと言っていられるのであろうか。
確かに、患者は傷みや不快といった各種の症状を訴えるが、それに対する対処療法だけでは、顎口腔の諸症状を科学していることにはならない。つまり、歯科医療技術によって対処しているに過ぎないのであり、現状の歯科に医学的な科学性が乏しいことに気付くべきであろう。
何故ならば、そのような歯科の治療実態が生む結果「いわゆる歯原病」の原因になる可能性が高いことも明らかになっているのである。

これらの患者の訴えを聞くにつけても、現在の歯科医学は主に顎口腔の管理だけが考えられているが、全身系の整理との整合性は二の次という実態があり、患者不在、術者(歯科医)優先の診療形態にも、その原因の多くがあるのではないか、とする考え方がある。
一例は、いわゆるハイバック・チェアー(水平位)による治療形態である。ごく普通の患者であれば、治療後の患者は、仰向けのままでは食事を始めとした日常生活はしないのである。しかし、噛み合わせのチェックまで、ハイバック・チェアー上で「ハイ!カチカチ噛んで」というのでは、問題が起きないのが不思議である。敢えて、自然科学的な整合性に欠けると言うべきである。
問題はこれに限ったことではないが、一つの大きなキーワードであり、より基本的なところから”現在の歯科治療”の実態を根本的に是正しなければならない。

人体を対象にする医学系の歯科医学という学問は、ヒトの身体の基本的な生態生理などは”熟知”していなければならないことは言うまでもない。たとえ顎口腔と言う限られた局部を対象にする診療科といえども、患者の納得を得られない治療や結果であれば、到底、医学系の学問とは言えないことを知るべきである。
この辺りの概念が、今の歯科医師に希薄である。

因みに、いわゆる歯原病や、顎関節症関連の不定愁訴と言われる症状を多角的に分析してみると、残念ながら、先に挙げた治療実態の結果、その患者の生理を無視したと思われる症例が殆どである。

いくつかの特徴的なものがある。多岐にわたるが参考までに主なものの例を挙げてみると、以下になる。

1)乳歯の頃から虫歯が多く、症状が出るたびに治療を受け、その都度、歯に”詰め物”をしたことがあった。

2)永久歯との交換期を過ぎても虫歯になることが多く、長期間にわたり”歯科治療”をうけていた。

3)1)と2)の結果、歯を噛み合わせると”奥歯が先に当たり”上下の前歯の被蓋(ひがい=上の歯が下の歯にかぶさる)が浅いか、全然被蓋していない、つまり”前歯で蕎麦が噛みきれない”状態(オープン・バイト)。

4)永久歯に変わってからも虫歯の治療を重ね、治療が終わっても、”シックリ噛み合わなかった”。

5)”美容上の目的で前歯の歯列矯正を治療として受けた”ことがある、また、何等かの理由で上顎前歯にブリッジを入れ”以前の歯並びより内側にひっこめている”。

6)欠損部位にブリッジなど”固定式補綴”をしている。

7)”顎関節症の診断を受け”、その専門治療を受けたことがあり、現在、顎や口腔を含む全身系に原因不明の慢性的な症状がある。(例)関節炎など整形外科的疾患、消化器系及び排泄系、循環器系疾患、その他原因不明の不定愁訴。

8)歯の欠損があり、”部分義歯(入れ歯)を作った”が、具合が悪い。

9)”歯科治療を受けた後”頭痛、肩こり、腰痛などが起きた。また、現在も続いている。

10)過去に歯科の治療を受けた経験があり、現在、生理痛や生理不順がある。妊娠しても、流産をしてしまう。また、妊娠を希望する夫婦で”希望が叶わない”場合などは、女性だけに限らず、男性の精子不足や異常の要素になる可能性もある。そのような場合に、顎口腔が原因していることも考えられるところから、精査することも無駄ではない。

11)歯科治療を受けた後から、食べ物の味が極端に変わった。

12)歯を抜いた後に全身系に何等かの異常に気付いたことがある。視力、嗅覚、聴覚、咽喉(嚥下異常など)を含む。

また、これらを個別に分析、精査すると、症状はもっと広範多岐にわたる。しかし、このように歯科治療が直接及び間接的な原因となって、個人差により症状の出方にいろいろな差はあるものの、身体の様々な部分に不調和が起きる場合がある。

現在の歯科医学での顎関節症の定義は、「口が開かない」「顎関節が痛む」「関節雑音がある」の三つを定義しているが、これなどは顎関節部に限った症状であり、その他の全身系に高域な原因不明の不定愁訴に対しては、全くお粗末な!としか言いようのない診断基準であることを、患者としてもしっかり認識しておく必要がある。

なぜの開口障害なのか、どうして関節痛がでるのか、また、なぜ関節雑音がでるのか、という根本的なことについての学問体系による研究自体が稚拙であり、診断基準自体が場当たり的である。

以上のことから歯原病ではないかと思う場合は、1~12までに該当していないかを患者自身も、また歯科医であれば問診の際に過去にさかのぼり時間をかけて聞き取ることが重要になる。

因みに歯科医師にも、前医の治療実態や経過を批判してはならない、とする”掟”があるという。この慣習は、一体何を意味しているのであろうか。患者を愚弄する歯科医の保身そのものである。時代錯誤も甚だしい前近代的な愚かしさこそ感じられる。
これでは科学者ではなく”はかいしゃ”の誹りは免れまい。

これは歯科においても、顎口腔を多岐に専門分科し、いかにも近代的な最先端の研究が進んでいるかの如くに、錯覚しているだけのように見えてならない。つまり、井の中の蛙大海を知らずであり、結果的にはそれら専門知識の弊害といえるものが、症状となって患者を苦しめているのである。

世の常と言ってしまえばそれまでだが、自分のことは見えない、否、見ないのである。こうした理不尽な状態を永い間甘受して来た社会的背景も問題だが、終身的既得権益をもつ医師、歯科医師の実態と言えよう。

従来、顎や口腔の生理に関してここで述べる、より根本的な問題提起が、歯科医師自身によって提起された例は余り聞かない。
現状を憂慮する歯科医師以外からの指摘が全て、と言っても過言ではない。自分自身のことは見えなくなっている。

今や、良きにつけ悪しきにつけて科学万能時代と言われる。しかし、いくら科学といっても人のからだは機械ではない。また、たとえハイテク機器のように人体を分断し、その局部を顕微鏡的に解明しても、見えてくるものは限局された一部分に過ぎず、常にそれらを総合する能力や力量が臨床の場に求められている。
これらに応えられる十分な技量があって初めて、全身系の顎口腔の専門家の歯科医が存在する価値があるのではなかろうか。その意味において、基本的なところからの歯科医学研究のあり方、その手法や方向性に大きな誤りがあったと言わざるを得ない。
「分極化の究極は無知の繁栄」とは、養老孟子氏の厚生科学研究の基調講演での含蓄のある言葉として意義深い。

以上のことを念頭に現在の歯科医学、延いてはその担い手の歯科医師の現状は、はなはだお寒い限りである。
しかし、今からでも遅くはない。”誤って改むるに憚ることなかれ”であるから。

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